実写版の邦画が二作品発表されている小山ゆう先生の名作「あずみ」。
主役は幼いころから両親を失い、戦いのエキスパートとして小幡月斎に密かに育てられた10人の子供たちのひとり、あずみという女の子です。
超人的な動体視力、運動神経を誇り、名だたる戦国大名や刺客たちを暗殺していきます。
有名どころでは徳川家康、伊達政宗、加藤清正らがあずみの刃に倒れています(あくまでもフィクションですが)。
今回はこのあずみの強さの根幹について考えていきたいと思います。
究極の英才教育
人里離れた山奥で寝食を共にし、実戦を想定した様々な訓練を物心ついた頃からひたすら続けてきた10人の子供たちは、すでに常人を超越した力を身につけています。
ただし心はまだ幼く、世に出て「使命を果たす」ことだけが自分に課せられた生き方であることを疑う余地もありません。
そんな10人の子供たちがいよいよ外の世界に出て、使命を果たしていくことになりますが、そこで最終試練が待っていました。仲の良い者たちがそれぞれペアを組まされます。
衝撃の1卷の小幡月斎のセリフです。
「この先、おまえたちに与えられていく使命は、全て過酷なものとなるであろう。
ならば、これを遂行していくには、ここで一つの試練をくぐらねばならぬ。
今、組んだ者同士、殺し合うのだ!!
この戦いに敗れて死ぬ者は元より、この先の使命を果たす素質が無かった者。
また、好きな友を殺せないような心弱き者も、同じく、これから先の使命を果たして行くことはできぬ!!」
あずみは何かを考える間もなく、流れのままに最愛の友を斬り殺します。
この行為が正義なのか悪なのかの判断は別として、大きな目的を遂げるためには、それと同じくらい大きな犠牲を支払わなければならないことを物語っています。
これは現代の社会においても同じようなことがいえるのかもしれません。
この後、あずみは生き続け、戦い続けますが、ほとんどの剣豪が刃を合わせることなくあずみに斬り捨てられることになるのです。
小幡の武芸における早期教育は心身ともに多大な犠牲を払って、実を結んだことになります。
英才教育の効果と合わせて、迷うことなき覚悟がさらにあずみたちを強くしました。
そして世の中から戦をなくすために、江戸幕府の脅威となる者たちの暗殺を「枝打ち」と称して繰り広げていくのです。
自我の目覚め
大阪城の豊臣秀頼の軍師などを枝打ちしたあずみは、正体を見破られて捕まります。
同じく、あずみを救出に出向いた「うきは」も捕まってしまうのです。
小幡に対する人質は一人で充分ということで、二人は互いに死闘し、殺し合うことを要求されます。
その時のうきはの考え方は昔とはずいぶんと違っていました。
5卷の名シーンです。
「あの、深く考える間もなく、恐怖の中で本能のまま、仲間同士戦わされたあの時とは違うんだ・・・」
広い世界を知り、成長したあずみとうきは。
うきはは、自分の身よりも愛するあずみのために自分の剣に細工をします。
刃切れという刃のかすかな割れで、この刃切れのある箇所の峯を、一点に打ちつけると刀は一番折れやすくなります。
うきはは、この刃切れをギリギリまで深くしてからあずみと対峙します。
そしてあずみと刀を交えた瞬間にうきはの刀は折れ、その勢いでうきはは首を刎ねられ死ぬのです。
使命を果たすことしか頭になかった子供たちが、自我に目覚めた瞬間でもありました。
あずみはその卓越した武芸の腕に磨きをかけるだけでなく、仲間9人の死を経験して精神的にも常人を超越していきます。
非情な、残酷な話ですが、こうしてあずみは最強の剣客となっていくのです。
そして与えられた使命を果たすのではなく、己の信じる道を進み、正義のために戦い続けるのです。